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2006年9月10日 (日)

強く儚い者たち

こんにちは、ののです。

この間、書いたのに非公開にしていた記事がありました。こんな記事です。

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痛み

人は誰でも欠点というか、何かに欠けていながらも、生きているものですよね。

私も最近、いろいろある欠点のうちの一つの欠落している部分を思い知りました。

数日前、何気なく夫に、夫の過去の恋愛のことについて聞いてみました。夫が過去に、私以前に付き合っていた女性は一人。その女性の話は以前にも聞いたことがあったのですが、あまり詳しく聞いていなかったのです。

聞けば、涙なしには聞けない話。お互い好きだったのに、どうしても別れなければいけなくなってしまったのです。夫もその女性も、泣きながら別れたということです。

私は、ものすごくびっくりしてしまいました。夫はあまり感情を表に表す方ではない人なので、恋愛にはとても淡白に見えるし、夫が泣くというのは、ちょっと想像もできないすごいことだったのです。そして夫は今でも、その痛みを抱えて生きているのです。もちろん、遠い過去の話として。

私自身、自分を振り返ってみたときに、今現在心に残っているような痛みがないことに愕然としました。いろいろな人と恋愛をして別れてきたけれど、全て、別れたことに疑問や痛みを今は感じていない。それどころか、そういう経験を、心からいいことだったと理解し感謝している。

恋愛だけではなくて、他の挫折についてもそうです。私は以前、司法試験の勉強をしていて、それに受からずに挫折した経験がありますが、それについても、挫折してよかった、と心から思っています。夫を始め、挫折しなければ出会えなかった人がたくさんいるし、今の仕事に就けたことにもとても感謝している。

だから、夫がそんなに悲しみ、痛みを抱えていることにとてもショックを受け、次に、自分がそういう痛みを抱えていないことにショックを受けたのです。

夫に話したところ、夫は、「普通の人は自分みたいだと思うけど、ののはポジティブシンキングでうらやましい」と言いました。

でも、私はどうしてもその点が長所だとは思えない。痛みをあまり感じない、抱えていない、というのは、感性のある部分が欠落しているのだと思います。同時に、人の痛みが分かっていなかった。今まで、別れた相手の痛みを感じたり、感じようとしたことがなかった。痛みがあることに思い至らなかったのです。夫とも交際中に一度別れたことがありますが、その時も特段、夫の気持ちを思いやるということがなかったのです。

もちろん、そういうことを知ったからには、これからはもっと、人の気持ちを考えなければいけないと強く思っています。でも、多分、少しあるものだったら伸ばしていけるけど、欠落しているものは伸ばすことはできない。何かあっても、私は、いいことだった、と理解して、痛みを抱えずに生きていくのでしょう。悔しいけど変われないのだと思います。そう思ったら、とめどもなく涙が溢れてきました。

なぜ変われないと思うかというと、その性格は遺伝的要素が強いと思われるからです。母方の祖父は、戦争の時シベリア抑留になってしまいましたが、一命をとりとめて帰ってきて以降、むしろロシアに非常に感謝していたのです。一生をロシア文学とロシア演劇の研究に費やしました。祖母も二人の娘を満州から連れて帰ってきた肝っ玉お母さんで、今も健在ですが弱音を吐いたり後ろ向きなことを言うのを聞いたことがありません。母は、それこそ天真爛漫で、何かを失った時でも何かを得たと思っている人です。その母方の血を私は昔から、強く受け継いだと言われています。自分では悲しんだり悩んだりしているつもりなのですが、どうも、そうは見えないようです。

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この記事は、途中で終わっています。どうしても続きというか、結論が書けなかった。

「私はこういう人です。悲しいけれど変われないから、これでしょうがないです」で終わることができなかった。

あれから、周りに私よりも弱い人がたくさんいるんだ、ということを思い知る出来事がたくさんありました。

大学の友人が集まるあるパーティーに出席して、大学時代の元恋人(今から10年以上も前の)に再会しました。別れた後も以前に1回、彼に違うパーティーで会ったことがあったので、私はもう何でもなく彼と挨拶をし、話をしようと思ったところ、彼の方がどうも、私と話をしたくないと思っている様子。彼と話をしようとしたこと自体、デリカシーに欠ける行動をしてしまったのではないか。

学校の生徒にも、熱心になるあまり、かなり厳しいことを言ってしまった。

年上の友人から、恋の悩みを打ち明けられた時、もちろんたくさん慰めて元気付けたけれど、心の中で、「もっとしっかりしてほしい」と願ってしまう。

こういうことに関して、周りのたくさんの人の意見を聞いて回りました。そして、だんだん分かってきた。

私は変わらなければならない。

私は周りの人よりも強いのかもしれない。でも、それは「今」の自分がたまたまそうなのであって、思えば、その「自分」というものはとても儚い存在だったのです。母にその友人のことを相談したとき、母は「誰だってそういう弱い時期があるんだから、まぁ、あたたかく見守ってあげなさい」と言った。その時、ハッとしたのです。私だって元彼とは話したくないと思う時期があるのかもしれないし、しっかりできない時期だってあるのかもしれない。

人と付き合うとき、その人を自立した大人の人間として扱うこともとても大切だと思うのです。でも、その人が今の自分よりも弱い存在であるかもしれないことをいつも忘れないでいること、そういうことももっと大切だと思います。

そして、今、私が人よりも強いのなら、その分、人の何十倍も努力して、人のことを理解しようと努めなければならない。それは、単なる義務としてではなく、自分もそうなるかもしれない存在であること、過去にそうだったかもしれないこと、だから自分のこととして受け止めるという、言わば人として当たり前のことに心を使うということです。

祖父もただのポジティブシンキングで終わらなかったからこそ、ロシア演劇・文学の機微、美しさをたくさんの人に伝えられることができた。祖母もみんなを思いやってきたから、今もみんなから大切にされ健在でいる。母もそういう細やかな神経と思いやりで私を育て、今も私を支えてくれている。祖父母、母も努力してきたのだと思います。

自分も「強く儚い者」、人も「強く儚い者」、そう思うと、人を自立した一人の人間として信頼することと、人を思いやることとのバランスがうまくとれるような気がしています。

私はまだまだですが、こういう境地に達したい。
『私は無力で 言葉を選べずに 帰り道のにおいだけ 優しかった 生きていける そんな気がしていた』(「Raining」 Cocco)

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